Facebookの投稿からの転記です。
いつも競走馬の予後不良殺処分の場面を見るたび心を痛めていましたが、こういう理由で致し方なくやってる事なんだなって思いました…
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「どうして、馬は脚を折ると助からないのか?」
その質問に、10年以上馬を扱ってきた師匠が、静かに教えてくれました。
優しい声なのに、内容は胸に重く落ちました。
「残酷なんじゃない。構造が、そう決めてるんだよ」
人間なら、骨折して入院して、ゆっくり治療する。
でも馬の場合、それが“ほとんど不可能”なんです。
最近は、競走馬が転倒し、
幕で囲まれて、注射で眠るように逝く映像を目にすることがあります。
コメント欄には、こういう言葉が並ぶ。
「冷血だ」
「お金のために殺してるだけだ」
本当に、そうでしょうか。
馬は「我慢できない」わけじゃない。
そもそも、我慢する“仕組み”が体にないのです。
馬という動物は——
戦うためじゃなく、逃げるために進化しました。
数百キロの体重を、細い脚で支える“全身スプリント仕様”。
その脚が折れたとき、問題は
「痛いかどうか」
「ギプスできるかどうか」
なんかじゃない。
——命そのものが、崩れてしまう。
多くの馬は、転倒すると粉砕骨折になります。
骨がバラバラに砕け、皮膚を突き破り、
つなぎ合わせても機能しない。
そして、もっと決定的なのはここから。
馬は、横になって過ごせない。
腸の動き、血の巡り、肺の排液。
全部、直立姿勢に頼っています。
2日寝かせるだけで——
片側の体が麻痺し、
肺に水がたまり、
感染、発熱、衰弱。
吊りベルトで支える装置もあるけれど、
長時間では、皮膚が裂け、血行も悪化し、
心が壊れていく。
馬は理解できないんです。
「なぜ立てないのか」
「なぜ痛いのか」
ただ、怖い。
ただ、苦しい。
それだけ。
しかも、脚を一本失うと
残った三本の脚に負担が集中し、
炎症、壊死、変形——
立つ力そのものを失ってしまう。
「じゃあ、手術すればいいじゃないか」
そう思う人も多い。
でも現実は——
麻酔が命取りになることが多い。
長時間横にしたまま手術できない。
目覚めた瞬間、本能で暴れ、
つないだ骨がまた折れる。
ゼロからやり直しじゃない。
一気に地獄へ落ちる。
さらに、馬の脚は血管が少なく感染しやすい。
たとえ手術が成功しても、
ほんの少し傷口が開くだけで、
炎症、潰瘍、そして……また決断。
「延ばして苦しませるか」
「静かに眠らせるか」
経験のある獣医や馬主は、理解しています。
助けられないんじゃない。
――助ける方法が、馬にとっては“地獄”なんです。
走れない馬。
自由に立てない馬。
その一生に、どんな意味があるのか。
馬は、人間みたいに理解できない。
「今は我慢、いつか治る」
そんな未来を知らない。
ただ——
立てない。
痛い。
息が苦しい。
逃げたい。
それしかない。
だから、苦しみ続ける馬を前にして
最後の選択をするとき、人は震えながら言う。
「これは、情けじゃなく、尊厳なんだ」
技術が進めば救えるか?
もしかしたら、いつか。
でも、馬の体も心も、変わらない。
“走るための命”なんです。
脚を折るというのは、ただの怪我じゃない。
連鎖して、崩壊していく運命。
見捨てるんじゃない。
限界に追い込まれた体から、
私たちが学ばなきゃいけないだけ。
私たちにできるのは一つ。
——苦しみより、静かな眠りを選ばせてあげる。
それが、馬に対する最後の優しさだと、
師匠は、静かに言いました。
胸が、痛くてたまらなくなりました。
